重大な労働災害を防ぐための鍵は、現場の「心理的安全性」にあります。
今回は、目に見えない職場の雰囲気がいかに安全成績を左右するのか、そして「ミスを責めず、システムを改善する」組織の作り方について解説します。
労働安全の世界には「ハインリッヒの法則(1:29:300の法則)」という有名な経験則があります。1件の重大な事故の背後には29件の軽傷事故があり、さらにその背後には300件のヒヤリハットが隠れているというものです。つまり、重大事故を防ぐには、底辺にある300件のヒヤリハットをいかに早く拾い上げ、対策を打つかが勝負となります。

しかし、「ミスをすると怒られる」「評価が下がる」といった心理的安全性の低い職場では、従業員は保身のためにヒヤリハットを隠蔽します。その結果、現場の危険の芽が管理層に上がってこなくなり、ある日突然、防げたはずの重大事故(1件)が発生してしまうのです。
「発言の安心感」とエラー報告の関係
「心理的安全性(対人関係の危険を冒しても安全であるというチーム内の共通認識)」が、労働安全やインシデント報告に与える影響について、複数の研究によって以下の事実が明らかになっています。
・情報共有とエラー報告の有意な増加:心理的安全性が高い(=ミスを報告しても罰せられない、恥をかかされない)職場環境では、従業員同士のコミュニケーションが活性化し、ヒヤリハットやインシデントの報告頻度が有意に高まります。
・結果的な「安全成績」の向上:積極的な報告行動によって危険箇所が早期に可視化され、迅速な改善行動が行われるため、長期的に見て組織全体の事故発生率が低下し、安全成績が向上します。
つまり、労働災害をゼロにするためには、「安全ルールを守らせる」こと以上に、「エラーを正直に話せる安心感」を組織に醸成することが、科学的に極めて重要だということです。
風通しの良い安全な職場を作るために、人事が主導すべきアクションを3つのステップで整理します。
① 「非難なし」の原則の徹底
報告者を罰しないルールの明文化:ヒヤリハットや軽微なミスを自発的に報告した従業員に対し、その報告自体を理由に不利益な評価や叱責を行わない「非難なしの原則」を、会社の方針として明確に宣言しましょう。
ポジティブなフィードバック:「よく報告してくれた。これで重大事故が防げる」と、報告行動そのものを賞賛し、評価する仕組みを取り入れることが重要です。
② 「人」ではなく「システム」を疑う
原因究明のアプローチ変更:ミスが起きたとき「誰がやったのか(Who)」や「なぜ気をつけなかったのか(Why)」と個人を追及するのではなく、「どうすればそのミスを防げたか(How)」という仕組みや作業手順の改善に焦点を当てるよう、管理職への研修を徹底してください。
③ 管理職の自己開示(リーダーシップ)
率先した失敗の共有:職場の心理的安全性を高める最も手っ取り早い方法は、上司自らが「実は昨日、こんなヒヤリハットをしてしまって…」と自身の失敗をオープンに共有することです。これにより、部下も自分のミスを話しやすい空気が生まれます。
労働安全衛生は、作業着やヘルメットといった「目に見える対策」と、職場の心理的安全性という「目に見えない風土」の両輪が揃って初めて機能します。全国安全週間をきっかけに、従業員がミスや危険を安心して報告できる「風通しの良い組織づくり」を進めましょう。メンタルヘルス施策と連動した安全管理体制の構築にお悩みの際は、ぜひ産業医へご相談ください。
産業医として職場巡視をしていると、「整理整頓が行き届いていない職場」と「挨拶や雑談が少ない職場」は、不思議と一致することが多いです。コミュニケーションが希薄な職場は、安全への意識も連鎖的に低下しやすい傾向にあります。安全対策を「特別な業務」と難しく考えず、まずは元気な挨拶や雑談から職場の温度を上げていくことが、最高の労災予防になりますよ。
・Christian MS, et al. “Workplace safety: a meta-analysis of the roles of person and situation factors.2009
・Frazier ML, et al. Psychological safety: A meta-analytic review and extension.2017
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