「自社には危険な化学物質を扱う作業はないから、特別な管理は必要ない」。人事労務担当者の皆様、そのように考えてはいないでしょうか?実は2024年4月の労働安全衛生法改正により「化学物質の自律的管理」が本格的にスタートし、一般的なオフィスやサービス業であっても法的な管理義務が発生するケースが増えています。
本記事では、知らずに放置すると法令違反に繋がりかねない対象範囲と、従業員の健康を守るために産業医をどのように巻き込んでいくべきかをわかりやすく解説します。
これまでの日本の化学物質管理は、国が定めた一部の物質についてルールを守る「法令依存型」でした。しかし、今回の法改正により、企業が自ら危険性を調査し対策を決定する「自律的管理」へと大きく変わりました。
厚生労働省の調査によれば、化学物質による労働災害の約8割が従来の個別規制の対象外だった物質で発生しています。これを防ぐため、製品のパッケージにGHS(危険有害性を示す世界統一のマーク)がついている物質を扱うすべての事業場に対し、「化学物質管理者」を選任し、リスクアセスメントを実施することが義務付けられました。対象物質は段階的に拡大しており、2026年4月には約2,900物質に達する予定です。
オフィス用品や清掃用具など、一見安全に見える身近な製品にも化学物質が含まれており、適切な管理を怠ると思わぬ健康被害に繋がることが医学的にも示されています。
・清掃用洗剤などによる呼吸器への影響:ビルメンテナンスや外食、ホテル業などで使用される業務用の強力な洗剤や漂白剤などに含まれる化学物質への日常的な曝露が、職業性喘息や呼吸器症状の発症リスクを有意に高めることが複数の研究で証明されています。
・オフィス用品による皮膚症状:コピー機のトナーや接着剤なども「労働安全衛生法上の通知対象物」に該当する場合があります。換気の悪い場所での作業や素手での取り扱いが、アレルギー性接触皮膚炎を引き起こす原因となることが報告されています。
厚生労働省が提供する「CREATE-SIMPLE」などのツールを活用し、実際の作業環境に応じたリスクレベルを客観的に評価することをおすすめします。
職場の健康管理でお悩みなら
法令改正に伴い、産業医の役割も「事後対応」から「事前のリスク管理」へと大きく広がっています。人事が産業医と連携して進めたいアクションを整理します。
① リスクアセスメントへの医学的助言
保護具や換気体制の評価:ツールを使って算出したリスク判定に対し、産業医から「この換気状態なら防毒マスクが必要」「この洗剤を常用するなら保護手袋の材質を見直すのがよい」といった医学的・労働衛生的なアドバイスを受け、ばく露(吸い込んだり触れたりすること)防止措置を決定していきましょう。
② リスクに応じた健康診断の要否判断と実施
医師による項目の選定:リスクアセスメントの結果、健康障害のリスクが許容できないと評価された場合、企業は労働者の意見を聴き、医師(産業医)が必要と認める項目の健康診断を実施することが求められます。自社に合った適切な健診項目を産業医に選定してもらうことが重要です。
③ 異常時の事後措置と就業判定
不調の早期キャッチと環境改善:従業員から「洗剤の匂いで気分が悪くなる」「手荒れが治らない」といった健康相談があった場合は、速やかに産業医面談を設定します。医師の意見に基づき、配置転換や作業手順の変更といった事後措置を迅速に行うことが、企業の安全配慮義務を果たすことに繋がります。
化学物質の自律的管理は、規模や業種を問わず、すべての企業に関わる重要なテーマです。「これまで事故がなかったから」と先延ばしにするのではなく、産業医という「労働衛生のプロ」を巻き込んで、全社的なリスクアセスメント体制を構築していくことをおすすめします。法令遵守にとどまらず、従業員が安心して働ける職場環境づくりを進めていきましょう。
化学物質管理と聞くと専門的で難しく感じるかもしれませんが、まずは「社内にあるスプレーやボトルの裏のマーク(GHSマーク)を見てみる」といった身近な確認から始めてみてください。現場の社員に「普段使っている洗剤で、手が荒れたり匂いでクラッとしたりすることはない?」と日常的な声かけを行うことで、見落とされていた健康リスクにいち早く気づくことができます。私たち産業医も現場の巡視を通じてリスク評価をサポートしますので、一緒に体制を整えていきましょう。
産業医の選任・見直しをご検討
・Siracusa A, et al. Asthma and exposure to cleaning products – a European Academy of Allergy and Clinical Immunology task force consensus statement. Allergy. 2013;68(12):1532-1545.
・厚生労働省. 化学物質の自律的管理におけるリスクアセスメント実施マニュアル.
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