人事向け健康経営

離職と疲弊を防ぐ!人事のためのグロスマンモデルに基づく健康経営

作成日:2026年9月23日

はじめに

「健康経営の施策を導入したものの、現場の負担が増えるだけで効果が実感できない」「従業員の疲弊が一向に改善されない」とお悩みではないでしょうか。従業員の健康を支えることは企業の重要な責務ですが、単なる「施策の押し付け」になってしまうと、本来の目的である生産性向上からは遠ざかってしまいます。
本記事では、健康を人的資本として捉える健康経済学の「グロスマンモデル」の視点から、健康経営の全体像をわかりやすく紐解きます。


1. 健康経営が現場で「コスト」と見なされる課題

多くの企業が健康経営に取り組み始めていますが、よくある失敗として「健康管理は個人の自己責任」という前提のまま、表面的なイベントやアプリの導入にとどまってしまうケースが見受けられます。結果として、忙しい現場のマネージャーや従業員にとって、健康施策への参加が「余計な業務(コスト)」と感じられてしまうのです。

従業員の健康状態が悪化すると、欠勤(アブセンティズム)だけでなく、出勤していても本来のパフォーマンスが発揮できない「プレゼンティズム」の低下を招きます。厚生労働省の指針でも、労働者の健康確保は事業者の安全配慮義務の基盤とされており、単なる福利厚生ではなく、企業経営そのものに直結する課題です。

真に生産性を高めるためには、健康を「消費されるもの」ではなく、企業と従業員が共に育てていく「資本」として捉え直すパラダイムシフトが求められます。

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2. 解説:グロスマンモデルが示す「健康資本」の重要性

アメリカの経済学者マイケル・グロスマンが提唱した「グロスマンモデル」は、健康を「耐久消費財」であり、同時に「投資財(人的資本)」であると定義しました。先行研究の結果によると、人は生まれながらにして一定の「健康ストック(資本)」を持っていますが、これは年齢とともに自然に減価(劣化)していきます。

しかし、適切な食事、睡眠、医療サービス、そして良好な労働環境という「投資」を行うことで、この健康ストックを維持・増進させることが可能です。健康ストックが増えれば、病気で寝込む時間が減り、「健康な時間(稼働できる時間)」が増加します。つまり、企業が従業員の健康に投資することは、直接的に「生産活動に使える質の高い時間」を増やす合理的な経済活動なのです。

項目 従来の労働観(消費モデル) グロスマンモデル(資本投資モデル)
健康の捉え方 働けば減るもの(自己責任で回復) 価値を生むための「資本・ストック」
企業のアプローチ コスト削減・事後的な医療対応 予防・労働環境改善を通じた「投資」
期待される結果 プレゼンティズムの悪化、離職増 健康な時間の増加、生産性とエンゲージメント向上

この考え方を「働き方の科学」と掛け合わせると、長時間の過重労働は健康ストックを急速にすり減らす「過剰な資本の切り売り」と言えます。従業員が長期にわたって高いパフォーマンスを発揮し続けるためには、組織全体で健康ストックへの投資を仕組み化することが不可欠です。

健康問題による休職者が発生してから自社だけで対応しようとすると、法的な安全配慮義務違反のリスクが高まり、現場の業務も立ち行かなくなります。手遅れになる前に、専門家を交えた体制構築を急ぐ必要があります。

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3. 人事労務ができる「組織的」な具体的対策

グロスマンモデルの視点に立つと、企業が行うべきは「従業員が自身の健康ストックに投資しやすい環境」を整備することです。ここでは、人事・マネジメント層が取り組むべき具体的なステップを解説します。

① 労働時間の適正化と「リカバリー(回復)」の担保

まず取り組むべきは、働きすぎによる健康ストックの枯渇を防ぐことです。よくある失敗として、業務量を減らさずに残業時間だけを厳しく規制し、結果として持ち帰り残業や隠れ残業(ステルス残業)を誘発してしまうケースがあります。これでは根本的な解決になりません。

質の高い睡眠や休息(リカバリー経験)が、翌日の労働生産性を大きく左右することが示されています。勤務間インターバル制度の導入や、有給休暇の計画的付与など、「しっかり休むこと=業務の一環であり、次への投資である」というメッセージを組織全体に浸透させることが重要です。

▼ 注意点(デメリット)

  • 休息を削る働き方は、長期的には集中力の低下やメンタルヘルス不調(健康ストックの枯渇)を招く
  • 「休む=サボり」という古い組織風土が、若手社員の離職の引き金になる

▼ 期待できる効果(メリット)

  • 十分なリカバリー時間の確保により、翌日の業務効率(健康な時間)が最大化される
  • 安全配慮義務の履行に繋がり、法的リスクを低減できる

② 裁量権の付与と「健康投資」を促す職場づくり

次に、従業員一人ひとりが心身の健康を保ちやすい仕組みを構築します。業務の裁量権(コントロール感)が低い職場は、ストレスを増大させることがわかっています。マイクロマネジメントを避け、テレワークやフレックスタイム制などを適切に活用し、働き方の自己決定権を高めることが心理的安全性の向上に繋がります。

また、健康診断やストレスチェックの事後措置を徹底することも、重要な「健康投資」です。結果を放置せず、産業医や保健師と連携して、不調のサインが見られる従業員に対して早期に面談を実施する仕組みを整えましょう。

☑ 確認すべきポイント

  • □ 経営層が「健康は資本である」というメッセージを明確に発信しているか
  • □ 業務量と人員配置のバランスは適切か(現場任せになっていないか)
  • □ ストレスチェックの集団分析結果が職場環境改善に活かされているか
  • □ 産業保健スタッフ(産業医・保健師)へ気軽に相談できる環境があるか

まとめ

健康経営を真に機能させるためには、健康を単なるコストや自己責任と捉えるのではなく、「グロスマンモデル」が示すように、企業の持続的な成長を支える「資本(ストック)」として捉え直すことが不可欠です。
適正な労働時間と十分な休息、そして働きやすい環境への投資は、必ず生産性の向上として企業に還元されます。人事労務担当者は、現場のマネジメント層と連携し、組織全体で健康投資を推進する仕組みづくりを進めていきましょう。

産業医からのワンポイントアドバイス

健康ストックの維持・向上は、従業員個人の努力だけでは限界があります。日々の診療や面談を通じて感じるのは、「休むことに罪悪感を持たせない組織風土」がいかに重要かということです。
もし、社内だけで健康問題の解決が堂々巡りになっていると感じたら、ぜひ外部の専門家の視点を取り入れてみてください。医学的・客観的な立場からのアドバイスは、経営層や現場の意識を変える強力な推進力になります。
私たちは、皆様が前向きに「健康投資」できる環境づくりを全力でサポートいたします。

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参考文献・参考資料

・Grossman, M. On the Concept of Health Capital and the Demand for Health. Journal of Political Economy. 1972;80(2):223-255.

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